自分から進んでたくさんの体験をすることは、適応の能力を育てることに役立ちます。家事への参加は非常に大きな意味を持っています。意欲のある子どもは、どんなことに対しても興味を示しますから、当然お母さんがしている家事にも興昧を示し、参加しようとします。
適応の能力にとって、もう一つの大切な面は、物質的・金銭的な欲望をがまんする力が養わっていることです。ぜいたくをさせず、倹約を教えること、欲しいといったものをすぐに与えず待たせることです。

最近よく目にする光景で、驚くことがあります。小学校の参観に行ったときのことですが、下の子をつれて来られている方がいます。下の子といっても幼稚園児です。当然前に先生が立って授業をされています。

その小さい子は、自分のお姉ちゃんを見つけてよっていきます。最初は、「かわいらしいこと」と思ってみていましたが、そのうち自分の姉が授業を受けている横で自分の鞄から、ジュースを取り出して、お母さんに開けるように訴えました。驚いたのはその後で、お母さんは止めようともせずにジュースを開け、ストローをさし、手渡したのです。

また、ある日には、おなかがすいていたのでしょう。教室横の廊下に並べられた展示物を並べるための机の上に座って、ジュース片手におにぎりをほおばっていました。またある日には、同じ年頃の子とお菓子を分け合って食べていました。

この3つの話は、全部違う親子で、子どもがだだをこねたあげくにしょうがなくこういった事態になったのではなく、お母さんがすんなりと子どものこの状況を逸した行動を認めてしまっていることに非常に驚いたのです。子どもが時間を待てないから、泣きわめくから、用事があるのにうるさいから、といって、口封じのようにに食べ物や飲み物を子どもに与える必要はありません。

このような子は、家にいるときにものべつ幕なしにお菓子を食べているのでしょうか。きっとそうではないはずです。一応おやつは3時といったお約束があって、お母さんは守らせようとしているはずなのです。でも、少しだから、人に迷惑をかけるから、と大人の勝手な理由で、与えている状況を非常によく目にします。

それは、一貫したしつけではありません。前にも述べているように、子どもは大人の弱みにすぐにつけ込みます。そして、子どもは状況の判断なしに、お菓子を要求します。もし、私が、その授業をしている教師であれば、直ちに教室から出ていってもらっているかもしれません。まず、子どもをしつける上で一番大切なことは、やはり親の態度でしょう。子は親の背中を見て育ちます。親がだめなものはだめと教えなければ、他人は教えてくれません。そして、なぜだめなのかを子どもがわかるように教えていくことも必要でしょう。

もし3時におやつの時間が決まっているとするならば、その約束を守らせることが大切です。それは、一度約束したことは、どんなことがあろうとも守る努力をしなければいけないのだ、ということを教えていくことになります。大人になって、約束したことを守れない人は、絶対に人から信用されません。こども時代には、お友達の中で「うそつき」呼ばわりされるでしょう。そして、約束を守る努力をする中で、我慢する力がつきます。我慢する力は、困難なことにぶち当たっても、くじけない力となります。くじけない人は、次に向かって生きていくことができます。くじけてしまう人は、内に籠もっていってしまうことが多いのではないでしょうか。

今おもちゃをとられて、泣くしかできない子も増えています。「やめて」「返して」といえず、泣いて、訴えるだけです。そのような子のお母さんは、特にそれが男の子の場合は、「なんと情けないこと。このままではいじめられる子になってしまうのでは・・・。」と心配します。まず、考えてください。困難なことに敢えて向かわせたことがあるかどうか、我慢する力が備わっているかどうか、先回りして、子どもの言葉を、行動を、お母さんが奪ってしまっていないかどうか。子どもが考える間もなく、手段や方法を教えてしまっていないかどうかを。

子どもが、「嫌なもの」に対して「いや」と言え、どうしたらその嫌な状況から脱せるかを考え、行動に移せるには、我慢する力、立ち向かっていく力、そして、相手に自分の気持ちを伝えられる言葉が要ります。

子どもの親の弱みにつけ込むペースに完全に親がはまってしまうと、今後何らかの困難にであったときにそのこどもは逃避しか考えません。うそをついたり、自分よりも小さい子をいじめたり、友達が持っているものを黙って持って帰ってきたりと、様々な形で、逃避が現れます。それが、思春期になって、登校拒否や、学習意欲の喪失、家庭内暴力、ノイローゼや心身症になって現われています。そして、とても残念なことに、自殺をしてしまう子もいます。誰にも心を預ける場所がなく、「嫌なこと」を「嫌」だと、言葉で伝えることができずに・・・。

親は、誰一人、子どもを不幸にしようと思って育ててはいないでしょう。でも、愛情の向ける方向を少し間違えてしまうと、このような悲しいことになってしまうのです。
そのような子どものお母さんやお父さんは、「よい子」を望むあまり、子どもの自発性の発達を抑圧し、惜緒を不安定にしてしまっているのです。それは、年齢の低い間は見逃されてしまうので、思春期以後になって爆発することが多いのです。そのような子どもの過去の生活史を点検してみますと、すでにスタートは幼児期にあり、とくに3歳以下にあることが多いのです。